大阪IBD会員 Tさん
2007 年 3 月 10 日 土曜日私が潰瘍(かいよう)性大腸炎と診断されたのは、13年前の24歳の11月頃。それまで約3ヶ月は町の小さな診療所で診てもらっていましたが診断がつかず、最初は腸カタルではないかと言われました。
あまりに長引く腹痛と下痢、そのうちに下血が始まり何か腸のあたりの「変な感じ」が続き日を増すごとに体力がなくなり、仕事にも(その当時繊維関係の営業マン、とにかくノルマが大きい)集中力がなくなりだしていました。この時はまだ仕事の後でウップン晴らしに酒を飲み、会社と得意先との板ばさみ状態の愚痴をこぼす毎日を送っていました。こんな毎日ですから、出血も次第に多くなりついに限界にきて胃腸専門の病院で診てもらうことにしました。その病院の先生が元大阪鉄道病院消化器内科の先生で、そこで初めて潰瘍性大腸炎と診断されました。診断されたその日に大阪鉄道病院に即入院。ここから私の潰瘍性大腸炎との戦いの始まりです。
今まで体には自信があったのですが入院ということは、かなりショックでした。初めてCF検査、注腸検査、とされましたがCF検査がこんなにも苦痛であることには参りました。(CF検査・・・大腸ファイバーでの検査)
この時はサラゾピリンというでかい薬、1日4錠で約2ヶ月、これで緩解に入りこのまま退院でき、まだこの時はこの病気がこんなにもやっかいな病気だとは知らず、退院してすぐに友人たちと退院祝い。普通の生活に戻したら、約1ヶ月でまた下血が始まり再入院。この時の主治医の先生が大腸ファイバー検査をしてさらに悪化、おなかに激痛が走り大出血。完全絶食、IVH、ブレドニン12錠、サラゾピリン12錠で約3週間、何とか下血が止まり約3ヶ月で退院できる。
それから約1年半出血もなく、仕事も何とかこなしていましたが、また下血が始まり入院。今度主治医として私を担当していただいた先生は、潰瘍性大腸炎をよく知っているM先生で、大腸ファイバー検査も痛くなく、検査も上手な先生にしてもらえれば楽であることが分かる。
結局この時も下血がひどく完全絶食、IVH、ブレドニン8錠、サラゾピリン12錠、とプレドニン5mgの注腸で約2週間で下血が止まり、3ヶ月で退院。この後3年間はプレドニン1錠、サラゾピリン6錠が維持量で緩解が続き、この間仕事も復帰、海外旅行にも2回行きほぼ健康状態に戻った生活が続く。
私自身この期間はあまり病気のことを考えることもなくひょっとしたらもう再燃しないのではないかと安易に考えていたのですが、やっぱりダメまた悪化。こんな調子で入退院を繰り返し5回目の入院だったか、この時の下血は大量、1度トイレに行くと便器が血だらけ、トイレの回を増すごとに貧血が進み17~18回の大出血と腹痛、だんだん頭が上がらなくなってくる。もうダメかなぁと思ってしまう。鏡を見ると顔は死人のように真っ白。この時はもう輸血をしなければ体が持たないと言われ、もう何でもしてくれという感じで輸血1600cc、1200ccぐらいで下血が止まりこの後下痢も止まり絶食IVH、ブレドニン8錠、サラゾピリン12錠、5mgの注腸で約3週間、死ぬ思いの3ヶ月。
このあと10年間主治医で私を診てくれていたM先生が京都宇治の第2岡本総合病院の内科部長で病院を変わられることになる。私にとっては一大事。先生に「見捨てんといてや」と言ったら「わかっとるわい」と言われこの時からずっと先生にお世話になることになる。先生が病院を変わられてから1度入院となり他の先生に診てもらったがやはり合わず京都のM先生の所でお世話になることにする。
(入退院の繰り返しで仕事も長期欠勤が数回、手に職もなく将来にも不安が出てくる。悩んだ末、会社を辞め、手に職をつけようと建築関係の専門学校に行くことにする。この時28歳。2年間学生に戻り30歳で設計事務所に就職。事務職になったので体としてはいくぶんか楽になったが、やっぱり3年で再燃、約1ヶ月半の入院生活、このころになるとブレドニンの効き目もだんだんと悪くなり入院中10錠50mgにしてもなかなか効果も出てこなっていた。)
相変わらず入退院を繰り返していたが、この間に一級建築士の試験に合格、さあこれからという時にまた再燃、下血腹痛がひどく京都のM先生の所に行き入院、この時に長年飲んでいたブレドニンで(先生いわく、老化現象もある)血糖値が上がりブレドニンの副作用であるステロイド糖尿病になってしまう。しばらくインシュリンを使って血糖を維持し、ブレドニンを減らせば何とか血糖値も安定した。次に再燃すればあまりブレドニンも使えないと先生から言われ、ぼちぼち手術をしたらどうかと進められる。かなり考えた末に言われたことだろうと思う。「手術の適用50%」
自分自身になかなか決断できず、やはり「手術はしたくない」と、とりあえず先生に無理言って緩解になった時点で退院。しかし、6ヶ月後にまた再燃、今度はブレドニンも多量には使えず20mgで2ヶ月、絶食、IVH、サラゾピリン12錠、この時自分でも手術を考えるようになる。
24歳から13年間付き合ってきた潰瘍性大腸炎。直腸炎型から始まり横行結腸の半分から左側全部、手術すれば大腸全摘出になる。かなり悩んだが手術することに決める。この時手術の方法とかは先生に聞いたり大阪IBDの医療相談会で兵庫医大第二外科で専門的にされているのは知っていましたが、なにせ3期的手術、1年かかると言われていたので先生に2期的には出来ないものかと相談するとM先生は「出来ると思う」と言ってくれ、とりあえずブレドニンを減らして緩解まで治療し、それから兵庫医大で手術ということになった。
H8年9月17日に兵庫医大第二外科のS先生の所に行き入院。手術は、全結腸切除、直腸粘膜切除、回腸肛門吻合術。一時的に 人工肛門になりますが最終的には人工肛門を残さずに自然排便できるという手術。
入院中私が日記的に付けた記録を書いてみようと思います。
- 平成8年9月17日
- 兵庫医科大学病院第二外科西9階930号室入院
- 9月18日
- 朝採血7本、心電図、肺機能検査、止血テスト、レントゲン
内科と違いなんとなくキンチョウ感がある。 - 9月19日
- 教授回診
看護婦さんが人工肛門の器具の説明をしてくれる。 - 9月20日
- コートロシン負荷検査(副腎ホルモンの検査)
コートロシンというホルモンを注射して30分後、60分後採血。br />
私の場合30分後26.5、60分後24.5 平均値16.8 - 9月24日
- 注腸検査、動脈採血(足の付け根の所から)
前日にニフレック2リットル飲む。これはマズイ。オェー - 9月24日
- パッチテスト
人工肛門器具のテープかぶれのテスト
注腸検査の結果が良く3期的に行う手術が2期的に2回でいけるらしい。ラッキー - 9月26日
- 大阪IBDの梅津さんがお見舞いにきてくださった。その時同じ手術をするHさん、Mさん、O君、Wさんを紹介していただき多くの患者がいるとのことで気分的に落ち着く。
梅津さんに感謝!
- 9月27日
- 呼吸リハビリ
パッチテストOK! 肺機能があまり良くないらしい。 - 10月1日
- CF検査、腹部エコー
CF検査の結果2期的手術OKとなる。 - 10月3日
- 手術の説明がS先生からあった。
手術はY先生、K先生、S先生、と1年目のK先生の4人グループ。 - 10月4日
- 麻酔科受診
- 10月5日
- 肛門内圧検査
- 10月6日
- IVHを腕より中心静脈まで入れる。
下剤ニフレック4リットルを飲む。
いよいよ明日手術、13年間の事がいろいろと頭の中で駆けめぐる。明日の今頃は大腸がないのだと思うと無の状態になってしまう。どうなるのだろうか、今夜は眠れそうにないと思ったが眠剤で眠ってしまう。 - 10月7日
- AM9:00より手術~PM5:30まで。
PM6:00頃気がついたら鼻管、脇のドレーン、おしっこの管、お尻の管、点滴となんと管が5本、硬膜外麻酔があまり効いていないのかかなり痛い。
この時点で全大腸摘出、小腸で袋(Jポーチ)造り、一時的に人工肛門(ストマー)になる。 - 10月9日
- 鼻の管を抜いてもらう。お腹の方はまだまだ痛い。
- 10月10日
- AM1:00いきなり腸が動き出す。 かなり痛い。
- 10月11日
- おしっこの管、お尻の管、脇のドレーンオープンになる。
術後4日目いきなり歩いてトイレに行かされる。昼より流動食 - 10月12日
- 脇のドレーン抜ける。
この日売店まで行って冷や汗が出る。(無茶は止めよう)
お尻の痛みもだいぶ楽になる。お尻からは人工肛門でも腸液が出るらしい。
水っぽい便がよく出ている。 - 10月17日
- お腹の糸半分抜糸。 七分粥
- 10月18日
- 全部抜糸 全粥
- 10月20日
- 便の量が多いためロペミンを出してもらう。 米飯
- 10月22日
- 朝よりお尻の手術した所が痛む、ひどくなると大変。
IVH抜ける。 - 10月29日
- Jポーチ注腸(小腸で作った袋)
- 11月3日
- 1期、2期手術を終えて晴れて退院
手術後両親が大腸を見たらしく悪かった所はかなりひどかったようです。
ここから3期手術まで約3ヶ月、自宅養生する。この期間が人工肛門装着期間、食事制限はほとんどなく何でも食べてみたし酒も飲んでみたがOKでした。
いよいよ1月から最終手術の準備。
- 平成9年1月14日
- 外来でCF検査。しかし、お尻の継ぎ目の部分が狭くなってカメラが入らなかった。
注腸。直径5㎜の管でようやく入る。 - 1月21日
- 肛門内圧検査。管が入らない。
- 1月28日
- 最終入院西9階931号。
- 1月29日
- 人工肛門を取る手術(ストマクローズ)。
- 1月30日
- お尻の狭くなっているのは手術中麻酔の効いている間に広げるということであった。
- 2月3日
- コートロシン負荷検査、動脈採血
- 2月5日
- 止血テスト
- 2月6日
- 麻酔科受診
- 2月7日
- S先生より手術の説明。
- 2月9日
- 人工肛門より注腸検査
- 2月10日
- IVHを腕より入れる。同じ手術をする多くの方と知り合いになっていたので手術の内容など教えてもらえたのは心強かった。
手術、PM1:30から3:30まで。 - 2月11日
- 手術後、痛み止めを2本打ってもらう。
- 2月12日
- おしっこの管が抜ける。その日に歩く。
- 2月16日
- AM1:00お尻から便が出る。
- 2月17日
- 朝より水分がOKとなる。
- 2月19日
- 流動食開始。
- 2月21日
- 3分粥
- 2月24日
- 5分粥
- 2月26日
- 7分粥
- 2月28日
- 全粥
- 3月4日
- 米飯
- 3月11日
- お尻の炎症のため直腸エコー、直腸注腸
- 3月17日
- 肛門内圧検査、正常値の50%
今度は、全て終えて晴れて退院。
私の手術は、こんな形で終わることが出来ました。最後に少々トラブルもありましたが、今ではその痛みもなく、便回数も手術後は12~13回と多かったのですが日がたつにつれて、それも6~7回と減り、食事もほぼ制限することなく順調にいっている様です。今思えば13年間の潰瘍性大腸炎の苦しみが、今は、思い出みたいになりつつあります。まだ、手術後の様子も長期的に診てもらわないとダメみたいですがお世話になった大阪鉄道病院、第2岡本総合病院、兵庫医科大学病院第2外科の先生方に感謝しています。
今この病気と戦っている方々も根気強く治療されるように、病気に負けないようにガンバッテ戴きたいと思います。
平成9年6月